ナタリー : 2008年5月2日 配信記事 転載
岡村靖幸、初公判で起訴事実認め自作の詩を朗読

覚せい剤取締法違反の罪に問われている岡村靖幸被告の初公判が、本日5月2日午前10時、東京地裁429号法廷(河本雅也裁判官)において開かれた。

被告は今年2月2日に新宿区の自宅で覚醒剤約0.231gを所持しているところを見つかった。当初は 「ほこりだ」 「のどの薬だ」 とごまかしていたもののすぐに所持を認め、身柄を拘束されるに至ったという。

冒頭陳述において検察側は、被告が前回実刑判決を受け刑期を終えた直後の昨年4月頃、密売人に自分で連絡をとり覚醒剤の使用を再開していたことを指摘。ガラスパイプを使い、覚醒剤を気化させて吸引していたことを明らかにした。

対する弁護側はウェブサイト上に書かれたファンからの励ましや叱咤の声を紹介し、報道によりすでに社会的制裁を受けていることに言及。ファンから300通を超える手紙が届いていることなどを紹介した。

被告は 「(言いたいことは)ありません」 と起訴事実を全面的に認めた。

続いて、被告の著書 「純愛カウンセリング」 にも登場し、被告と以前から交流のある精神科医の名越康文氏が証人として出廷。被告本人から依頼を受け、出所後に自分が更正プログラムを担当することを宣言した。また、被告が2002年頃からよく通っていたという沖縄料理店のスタッフも証人として出廷し 「今後被告を家族ぐるみで見守っていく」 と発言した。

岡村被告は、前回更正を誓ったにもかかわらず再度罪を犯したことについて、

「本当は出所後にカウンセリングを受け、完治した後に仕事をするべきでしたが、待っているファンの期待に応えたいという一心で仕事を始めてしまいました。活動再開後もインターネットでファンの批判の声を見るなどし、期待通りの活動ができていないことに悩むこともあり、また不眠不休で働いていたこともあり、プレッシャーに負けて覚醒剤に手を出してしまいました」

「今思えば仕事を減らすべきでしたが、沢山のオファーと山のようにあった仕事に精一杯でそう考える余裕がありませんでした」

と供述。次回の刑期を終えた後はすぐに仕事を再開せず、カウンセリングと治療を受け薬物依存を完治させたい。その後また音楽活動をしていきたいと供述した。

神妙な顔つきでうなだれる被告に対し、裁判官は 「覚醒剤を使って曲を作っても意味がないと思いませんか」 と質問。「その通りだと思います。そのときは冷静さを欠いていましたが今はわかります」 と答えた。また、密売人と連絡を取った方法について聞かれ 「以前使っていた携帯に番号が入っていた。今はその携帯は廃棄されています」 と説明した。

検察側は、被告が24歳から大麻、26歳からコカイン、30歳から覚醒剤を繰り返し使用していたことを指摘。常習性があり再犯の可能性が高いことなどを理由に懲役2年6月を求刑した。

これに対し弁護側は 「これまでは話すと罪が重くなると思い黙っていた」 という自己の薬物遍歴について今回正直に告白するなど初めて真摯に反省していること、精神科医の名越氏とともに治療・更正にあたる意志があることなどを材料に情状酌量を訴えた。

そして 「最後に何か言いたいことはありますか」 という裁判官の言葉を受け、岡村被告は、

「今回たくさんの人を傷つけ、悲しい思いをさせてしまいました。本当にごめんなさい」

「迷惑をかけてしまった方々に謝りたいです。自分の病を認め、二度と過ちを犯さないように治療に集中していきます」

と発言。続いて 「自分の今の気持ちを詩にしました」 と言って胸ポケットから紙を取り出し、自作の詩を朗読した。

裁判は岡村被告が起訴事実を全面的に認めたため、この日で結審。判決は5月8日11時より東京地裁にて言い渡される。

補注

この公判で朗読された詩の全文は、以下のとおりです。なお、最後の3行とほぼ同様の文章が、2003年 「フレッシュボーイツアー」 のMCで朗読された詩 「私は川を泳ぎたい」 にも含まれています。

「樹氷」

裸足で氷の上を歩くようにしかコミュニケーションを取れない僕
裸足で氷の上を歩くようにしか人を愛せない僕
なぜだろう

皆はスラスラッとプロスケーターのように滑るのに
僕はすってんころりん
上手に滑っていく人もいるし
エヘヘと笑ってく人もいる

嘘ついて嘘ついて
嘘ついて嘘ついて
嘘ついて嘘ついて
裏切って逃げて
これは本当の僕じゃない

僕は寂しがり屋だ
僕は生まれてよかったのだろうか
何を着ても 何を履いても気持ちが悪い
時代とうまくやっていけない
友達とうまくやっていけない
というか友達がいない

生きていていいのだろうか
今まで人にホントのことを話したことがない
ホントの僕は君と川を泳ぎたい
真夜中に泳ぎたい
裸で泳ぎたい